私が知る限りの弁護士は金の亡者が多い。利益対時間の効率がよい最たる職業だ。大会社と顧問契約を結び、言葉に語弊はあるものの、一般ピープルを詐欺して儲ける商売の片棒に邁進する。もっとも儲けるとは『人をして言って信じさせる者』との語源がある。その昔、お金のない冤罪者の多くは理不尽な現実を強いられる。いつの時代(世)も貧乏人は損をして、事理弁識能力のないものは馬鹿を見るのである。これが自然界における人間界の淘汰競争かと考えるとき、自身が教養を身にまとい更なる上を目指して日々向上する覚悟がなければ干されるのである。三百代言が容認される時代が、人間の本来の想像した世界であるのか。神様が容認した世界観なのか?清濁の濁をこの時代は魑魅魍魎の輩は詭弁を用いて使い分けるのは、これまた人間の醜態が顕著みえる。本年は司法試験の合格者が多く折角試験に合格しても就職できないと嘆く。確かに収入がなければ業界やその仕事に専念できないのは尤もなことである。しかしながら立派な先人の弁護士はその途の仕事を自ら選択して決して裕福とはいえない生活を自ら選択しているのである。福井弁護士会にどれだけこの想いをもった弁護士がいるか?福井女子中学生殺人冤罪事件を担当の小島先生や、もんじゅ行政訴訟主任弁護士の吉村先生らは揶揄にさらされても信念を貫く立派な御人である。しかし画一弁護士って立派ですか?と問われたとき、三百代言に酔っている代証人は言語道断、もはやバッジをはずしなさい。と心で呟く県民の声が聞こえる。
